2010年09月

傘寿記念能・その2

長くなったので引き続き観能日記。

休憩を挟んでまずは狂言「鐘の音」。
こちらもベテランの野村萬氏のシテ。
さすがでした。

そして仕舞。
お目当ては観世鋳之丞氏の「花筐」。
「花よりも花の如く」でこの方のお名前を聞いたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

その後、独吟、一調、仕舞が続き、御宗家と嗣子三太郎さんの仕舞「土蜘蛛」。
これも「安宅」と共に楽しみにしていたひとつです。
御宗家と同様、初めて舞を観る事ができました。
さすが、御家の子だなぁ。
声もしっかりと出ているし、所作もきっちりとしています。
これも娘に見せたかったなぁ。

とても豪華な出演陣で今まであまりお能を観ることのできなかった分が堪能できたような気がします。

そして、最後の大舞台。
祥六先生の「鷺」。
そういや、よく考えたら祥六先生が装束つけて舞うのを観るのって初めて!?
直前にそんなことに気が付いて俄然集中力UP!!
ちなみに普通は「延命冠者」という面を掛ける事になっていますが、16歳以下と60歳以上の演者は<直面>(面を掛けない素顔)で勤めます。

…さすが、芸暦七十余年は伊達ではありません!!

この「鷺」に最も要求されるのは気高い<品位>ですが、もう十分なものです。
動きに反比例して軽やかな足取り。たぶん、素人ならココで足音がしちゃうよと思うような動きでも信じられないくらい静かな足取り。
感動です!!
改めて、先生のすごさを感じさせて頂きました~!!

直前まで体調不良で入院されて点滴などを受けられていたようですが、この日に備えたもので、お稽古もしっかりとして申し合わせもちゃんと出られたりと、準備万端で望まれたのではないかと思います。

充実した観能な一日でとっても幸せでした。

そして最後ですが、祥六先生、傘寿おめでとうございます。
これからも変わらず、こども達もよろしくお願いいたします!!

傘寿記念能・その1

関根先生の傘寿記念能に行かせていただきました~!!
お能ど素人の私がこれについて書くのもおこがましい限りですが、とてもすばらしかったのであえて思ったことを書かせていただきます!!

渋谷に着いて能楽堂までテクテク歩いていく最中にお空がピカリ・・・
数秒後に・・・

ゴロゴロゴロ!!∑( ̄ロ ̄|||)

タダでさえ、雨で欝なのに~!!勘弁してください・・・。
まあ、それにもめげずに行きますけどねっ!!

能楽堂についてふと、展示のガラスケースの前に立った時にそちらから視線を感じたのでふと見上げると・・・

祥人先生のお写真が!!(′∀`)

そうですよね。今日という日に祥人先生がいないなんてありえませんよね!!ちょっとほろりとしちゃいました。
そういえば、お墓への納骨が済んだらしいので、市内ですし機会があったらお線香あげにいきたいと思います。

最初は女性陣、男性陣によるそれぞれの謡。
知っている先生たちばかりなのでそれぞれの声に聞き惚れていました。


そして、祥丸さんによる舞囃子「高砂」。
ちなみにお舞台に出てきた地謡の祥六先生の座り位置がちょうど脇正席だった私の席の真正面でちょっと緊張しちゃいました。

感想としては、もう、「すごい!!」の一言です。
なんと言うか、所作一つ一つにものすごく気合が入っているというか、動くたびに気合の波を客席にぶつけていくというか・・・

まさに、「鬼気迫る」という言葉が相応しいかの如くの舞でした。
(真剣握った時の土方さん状態・・・?刀握って対峙したくないなって感じ。判ってもらえるかな?)

すごくすごく、娘がこれを観られなかったのがザンネンです。
これを観て、この千分の一でもいいから分けていただいて能の稽古と勉強に向けて欲しいと思っちゃうくらい。

祥人先生のお能を初めて観たときもこんな衝撃を受けたなぁとふと思い出してしまいました。
もう本当に全然目が離せなかったです。そして、心臓バクバクモノです。
若い気をビシバシ当てられておばちゃん、とてもへとへとになっちゃいましたよ。
それのせいというのは言い訳かもしれませんが、その後の一調と仕舞、「安宅」の前半はちょっとうとうとしちゃったのは内緒です。(となり席のおじさんの寝息につられたのもある)


そして、御宗家の能「安宅 勧進帳 滝流之伝」
皆さんもよく知っている義経と弁慶の「安宅関」のお話ですね。
実は御宗家のお能を観るの初めてです。
本当ならこれは亡くなられた祥人先生がされる予定でしたが、御宗家が「私が代わりに」とおっしゃられたそうです。
前半はちょっとうとうとしちゃったので部分的にしか記憶が無いので割愛。(申し訳ありません・・・

後半、山伏達が関守へ詰め寄るシーンや弁慶が義経を金剛杖で叩くシーンの迫力のあること。(この辺で一気に目が覚めました)
全体的にさすが御宗家と思えるような安定感。
すばらしかったです。

長くなるので、続きます。

能楽教室(4年目6回目)

18日の閑能会別会は行けなくて残念。
でも、関根先生が検査入院で出られなかったと聞いて、心配でしょうがなかったです。
で、今日は会長さんを待ち構え、先生の状況を確認させて頂いたところ、入院はしているもののいたってお元気で、お稽古も申し合わせもちゃんとされているとの事。
28日に向け体力調整をされているようです。

28日の傘寿記念能は行く予定なので、ちょっと安心です。

さて、今日もいつものお稽古。
前回に引き続き中ノ舞のお稽古。
でも、やっぱり耳コピ状態なので覚えにくいようです。
やっぱり、先生に録音させてもらって聴いて覚えるのがいいのかしら・・・(汗)

途中から1期生の子たちもお稽古に入って11月の連吟のお稽古。
お約束の「玉取」です。
10月にはお舞台のお稽古も出来るのでがんばろ~!!

中学校見学

来年度はもう中学生になってしまう娘。
早いものです。

で、学校見学&説明会があったので行ってきました。
まあ、私も通っていた中学ですので、大体の校舎内の構造はわかっていますし、行事なんかもだいたいそのまま引き継いでいるようなので心配は無いのですが、問題は校則が細かくなっているということ。

私が通っていた頃は生徒手帳に書いてある服装規定はこれだけでした。

1.服装 学校指定のもの。(靴、靴下は指定無し)→で、ジャージ登校。
2.髪型 中学生らしいもの。
3.持ち物 中学生らしいもの。

つまり、「常識を持って自分で考えてみましょう」な校則でした。
もちろん、パーマやカラーリングなんて暗黙の了解でやっている子なんかいませんでした。(こっそりとちょこっとやっていた子はいましたけど・・・)
まあ、靴下や靴なんかはちょっと派手に赤なんか履いてたりはしましたけど、それでどうこうってわけでもない訳ですし。(ダメなのかしら?)

今は、数年前から制服登校、髪型もワンレン禁止、結う時は耳下のみなど多少細かい指定が出てきたようです。
正直、昔の状態を知っている私としてはむしろめんどくさい気がするのですが、まあ、言わなきゃわからない・明確な基準を作っておいたほうがわかりやすいってのもあるのでしょうから、仕方が無いのかなぁ・・・。(去年までいた校長は私が通っていた頃に私らの学年の主任をされていた先生だったので、どう思っていたのかが疑問ですが)
逆に中学校生活全般について結構厳しく指導していただいているようなのでそれはそれでいいのかなとも思ってみたり。

で、いろいろな中の施設や部活なども見学してきたのですが、昔の設備がそのまま残っていたりでちょっと懐かしかったです。
自分が使ってた教室が改造されて特別教室になっていたりもしてこんなになったんだ~と、娘以上に熱心に周っちゃいました。

来年から、ちゃんと通えるのかしら・・・娘・・・。

とりあえず、登校時間の予鈴を聞いてから走って間に合う距離は教えておきました。(コラ

薄桜鬼・原田さん攻略

何故か脇道(?)ばっかり攻略し始めてます。(好きなものは最後までとっておく派w?)

という訳で、軽い気持ちで始めた原田さん攻略でしたが・・・

やられた・・・( ̄Д ̄ ;)

完全にノーガードでやっていただけにやばかったです。

いろいろなポイントはあったものの、私が一番やられちゃったところは

「俺にとって、おまえはただの女だよ」ぐはっ

「俺が添い遂げてえって思ってるのはおまえなんだ」にゃ~///

「俺なんかと共に生きるのはいやか?」そんなことありませんっ!!

そしてとどめに・・・

「・・・言ってみな。
おまえは、これから何をしたい?
どうやって生きていきてえんだ?」
┣━━━━━━━━━●)゚ロ゚)グハッ

これを聞いた時に何故かどこかで聞いたような感が抜けなくて考えつつそのままプレイを続けてふと思い出す。

立人!!(by「花咲ける青少年」)

もう、ノックアウトです。
ストレートパンチ食らいました・・・。
いや、こういう自分をすべて受け入れてくれようとする人にすごく弱いです・・・。
まあ、日頃命のやり取りをしている方ですから自分にとって何が大事なものでそれを守るためにはやっぱり自分のすべてをかけなきゃいけないって事があるのでしょうね・・・。
それを知っている人ってとても尊敬できます。

でもやっぱり、それを選ぶにはもう片方は捨てなきゃならなくて・・・
新八さんになかなか言い出せなかったあの気持ちもすごくわかる~!!

そして、一番大事な仲間が自分を選ばなかった寂しさをこらえてあえて明るく送り出してくれた新八にもちょっとどきどきしちゃいました~!!

・・・斉藤さんの時以上にのた打ち回っちゃいました・・・パタリ・・・。
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